除夜の花火ーJoya No Hanabi

 少しづつ、少しづつ、隠されたことが明るみになり良い方向に進んでいる、と思うのがいい気がする。カナダのファーストネーションのこと。

 白人カナダ人がカソリック教会という名のもと、レジデントスクールという教育制度を作り、多くのファーストネーションの子供たちが無理やり両親から引き離されて「教育」される、ということが終わったのは、東側隣りにあるサスカチュワン州で1996年。ほんのつい最近のこと。

 そこで受けた虐待のトラウマが原因で、アルコール依存症や様々なメンタルの問題を抱えながら現在に至るファーストネーションの人々。彼らが政府に「レジデントスクールに行った多くの子供たちが行方不明になっていて帰ってきていない」と訴え続けてこのかた、政府は彼らの証言を信じずに相手にしなかった。

 ところが、つい最近、ブリティッシュコロンビア州のKamloopという場所にある、以前レジデントスクールで1970年代に閉校となったカトリック教会のすぐ近くで215人のファーストネーションの子供たちの遺骨が見つかった。今度はサスカチュワン州でもやっぱり遺骨が見つかる。そしてまた一件、(最新のニュースはここをクリック)。これで、明らかになったのだった。

 政府としてはもう無視はできない事実だと思う。毎日のように、悲しみの魂を慰めるように、悲しみいっぱいのファーストネーションの人々がTVやラジオでインタビューを受けたりする。

  私のパートで務める施設にも、何人かのファーストネーションの方々がいるのだが、ついこないだは、伝統の太鼓を歌いながらたたく音に合わせて、独特の衣装をまとって踊るダンサーたちのパフォーマンスの催し物があった。レジデントさんの一人が彼らの言葉でスピーチをしたのだが、あんなによくしゃべるその方を、普段は見ることもなかった。パフォーマーダンサーの若い男性が、涙をこらえられないでいる姿を目の前で見るのはなかなかこちらもつらいものだった。まるで、インディアンのスピリットがここでも一緒になって歌っているようだった。

 ということで、7月1日はカナダデーという、いわゆるカナダがカナダになった日として祝う日なのだけれど、今年はスペシャルな催し物は中止にするようにと穏やかに、しかし強くプロテスター達が首都オタワで訴えていた。言ってみればカナダデーとは、ファーストネーションの人々にとったら何のめでたいことでもない。そしてさらに8月の終わりには、死因も明らかにされぬまま埋められていた215人のみならず、多くの犠牲となったファーストネーションの子供たちのことを忘れないようにと、国民の休日が新たに作られた。

 カナダはフランス的とかイギリス的とかの前に、もっと彼らの文化を重んじて、その恩恵を受けていることを認めて国のカラーを出していくのがいいのだろうけれど、なかなかエリートたちがそうさせないようだ。とはいえ、これは一歩また前進。自分も含め、人々の認識や関心が高まった。

 7月1日の当日の夜、3,4日続いた暑さでなかなか寝付けずにいると、夜11時ごろ、バンバンと大きな音がした。地元恒例の打ち上げ花火。部屋の窓から見えるので終わりまで結局眺めていた。花火はやっぱりいい。大きな音と光、終わった後のぱちぱちと燃える音、次に上がるまでのなんとも言えない間など、すべて日本の思い出も重なって、やっぱり心に響く。日本に比べたら非常に質素といってもいい花火だからか、なんとなくお祭りというよりは、いろいろな気持ちを人々が抱ける除夜の鐘のようだった。

 この時期カナダの国旗を家の前に飾る人が多いのだけれど、それは今年はどうだろう。少なくともそれは避けてもいいのではないかと思うけれど。

 今週末から25度、または20度行くか行かないかの日々となり過ごしやすいくて一安心。

 また一週間💛