若いころの記憶というのは、どうしてこうもいつまでも鮮明、もしくは、心に残ることが多いのかと思う。真実は徐々に記憶とともに変わってしまったとしても、である。覚えているのはこれぞニューヨーカーという人との出会い。
その昔、ニューヨークにいたころ、歯科助手として半年弱だったと思うが仕事をしていたことがあった。確か1997年だったと思う。すでにブログで話した内容かもしれないけれど、再び思い出したので再度記す。貴重な体験をさせてくれたそのニューヨーカーは、ある高齢の女性だった。
私を雇った歯科医は、マンハッタンの5番街のオフィスを別の歯科医と共同借りしながら、それとは別にウエストチェスターというグランドセントラル駅からメトロノースという電車に乗って行きつく町の自宅でも事業を行っていた。そのため、週の何日間かはマンハッタンで残りはウエストチェスターでという勤務であった。
出会ったその女性は、マンハッタンオフィスでの患者さんだった。何歳だったのかは覚えていないけれど、すでにその時高齢であったことは確かである。歯科医によれば、彼女は予約を間違えて来たりして、ちょっとぼけ気味だと思うと言っていた。彼女とはたったの2,3回しか会っておらず、特に会話をした覚えもないのだけれど、なぜかその彼女が私をサンクスギビングの日に自宅に招待してくれている。
彼女の自宅は5番街かマディソンだったか、とにかくこれぞミッドタウンの古きニューヨーカーでないと住めない、家賃が半端ではないビルの中。というのは、確か、ある年代から住んでいる人には家賃の値上げを請求しないマンハッタンのアパートの法律があったと思う。
とりあえず何か花でもと、我ながら、本当に行けてない花をもって、渡された住所へ向かった。あの騒々しいミッドタウンからは想像できないほどビルの中は静かだった。とにかく、食事はサンクスギビングとは思えないほどシンプルなもので、しかし良質のディナーであり、血のつながりのあるのかないのかもう覚えてないが、かなり親しい間柄でありそうなもう一人の高齢の女性がいた。私を招いてくれたその彼女は、昔女優だったということをさらっと言った。そのうち会話が親密な話になっていたのを覚えている。例えば、家族のだれ誰ももうすぐ危ないからその後は…とか、「このタンスは誰が引き取る」とか、そんなような話をしていた。
でもいったいなんで私を招いてくれたんだろうといまさらながら考える。いくつかその動機なるものを想像してみると、1.これがニューヨーカーらしいオープンマインドで、なんとなく二人じゃ寂しいから誰でもいいと招いてくれた。2.なんとなく哀れみ(?)の気持ちが私にあり、誘ったら何の予定もないようだったから招いた。3.なんとなく気にいってくれていた。4.私がもうちょっと頭がよくて英語も堪能だったら何か頼みごとがあったのかもしれない。5.とりあえず気軽に誘うのがニューヨーカーだけれど、まさか本当に来るとは思っていなかった。とこの辺だろう。4はあまりにも映画のようだからないとしても、どこの誰かもわからない人を招くというところはニューヨーカーのオープンなところだと思う。
とここまで書いてなんとなく思い出したのは、誘われたのがなぜか一緒にマンハッタンを歩いている時で、オフォス内ではなかったということ。まったく、だから記憶とはあいまいなものだと思うのだが、とにかくこの後再び彼女とお会いすることがなかった。おそらくこの後すぐに、私を雇っていたその歯科医が、マンハッタンのオフィスをやめてウェストチェスターのみの事業にフォーカスすることに決めたことが一番の理由だと思っている。
それにしても、私の中でボヤっとした映像ながら、鮮明な記憶として残っているのは、その時々に見せる二人の老女たちの反応とふるまいで、「何飲む?」と私に聞き、彼女たちはスコッチを飲むという粋な姿や、食事や食事の仕方、非常につつましいマナー、あまりにも静かな食卓、思い出いっぱいの美しい家具や写真(ぼやっとその時の様子が見えるだけだが)、そしてそれを見ている自分である。
ニューヨークのワンナイトスタンドなんかは映画にもありがちなストーリだけれど、これぞ私の、「どうして私はそこにいたんだろう」と思う、不思議で貴重なワンナイトディナーだった。
ニューヨークとは、「なかなか離れられず、離れても忘れられない場所だ」とある小説で書かれていたけれど、なんだろう、いつでも戻れると思っていたが、最後に訪れてからはかなり年月が経っている。ダーリンにも思い出となっている場所はいっぱいあるのだけれど、ニューヨークへ行って滞在する経費を考えると、それよりも行きたい場所がたくさんあり、優先順位も情熱も低くなるという。
それでもダーリンが一番恋しいと思うのは、ニューヨークピザとファラフェルサンドイッチだそうだ。あの薄い生地でシンプルにトマトソースとチーズだけのピザスライスが1ドルちょいだか2ドル以内だかで買えて、それはそれはお腹を満たす以上の素晴らし食べ物であることと、あのソースも量も内容もすべて完璧でこれまた5ドル以下で買えるファラフェルサンドイッチは、カナダのどこを試しても本当にないということである。
私にとってもそれぞれに思い出があるピザスライスとファラフェルサンドイッチで、ダーリンの言う通り、あれはニューヨークならではのものだと思う。食べ物の思いでもいろいろあるが、やっぱりこの素敵な老女との一時の出会いは忘れられない。その時食べたものは、薄切りにした良質のハムと、これまた薄切りのスイスチーズにパンだった。ほかに何かあったかもしれないが、印象に残っているのはそれだけ。小さなダイニングテーブルで、お互いの顔がかなり近かった気がする。
そしてこのことはどこかでしっかり描いた記憶があるのだけれど、最後に彼女が私に「スリムでいなさいよ」という一言をくれた。女優さんだった彼女らしい言葉かもしれない。彼女自身、その言葉通り小柄でスリムなかわいらし女性だったことを思い出す。
未熟すぎる自分は思い出したくないところだが、ニューヨークで見たことや出会った人々の話は続けて書きたい思い出となっている。ほんとうにふと思い出す時があるから。次はだれが出てくるだろう。
今週末は良いお天気💛また一週間!