7月1日がカナダデーだったので、月曜日までのロングウィークエンドとなった。この休日を利用して3泊4日のお隣BC(ブリティッシュコロンビア州)へのバケーションへ。この季節はクマがうろうろしているから、とくにBCにハイキングに行くときはベアースプレーを持っていることが強く推奨されている。
今回はNelsonという、ちょっとヒッピースピリットのある町と、Revelstokeという町に滞在し、3か所の山をハイキングした。行きの道路では写真のとおり、大きなクマがのっしのっしと高速を歩く姿や、野生のヤギや羊、ムースの親子、スカンクなど、野生動物たちがかなり楽しませてくれた。短いがクマの映像とヤギの映像がとれた。
そして今回のかなり予想外のいい思い出となったことの一つに、ヒッチハイカーを車に乗せる、というのがあった。2日目のKokanee Glacier という山を登ったその帰りだった。4時間弱かかってハイキングしのだが、朝着いたときに見かけた長い髪のちょっと汚い格好をした人がまだいる。ダーリンに「あの人朝からいたんだよ。きっとこのキャビンに住んでいる管理人かもね。」などと話していた。
この辺りはハリネズミがいて、駐車している車のチューブ(?)をかじって中のオイルを食べにくるそうで、タイヤの周りにぐるっと金網をかけて各自で防護してからハイキングに行くようになっている。ちょうどその網を片付けているときだった。例の男性が近寄ってきて、ダーリンにヒッチハイクを頼みに来た。経験の浅い私は、身の危険と衛生上の理由で、おそらく絶対にOKしたりしない のだが、ダーリンは本当に一瞬だけ迷ったがすぐに私の顔を見ながらOKを出した。
結論から言うと、彼はチリ生まれでアルゼンチンはパタゴニアに住む若者で、3カ月(だったと思う)のヒッチハイクのカナダの旅を東からしている純粋な旅人だった。1か月間は旅で出会ったフランス人の女の子と一緒に旅をしていたのだが、途中お互いの趣向の違いなどで、ばらばらに行くことになったそう。私たちがNelsonの町に着いたとき、偶然にもその女の子を車から目撃し、窓から彼女の名前を叫ぶ彼。
道路の真中だったが車をとめると、彼女が笑顔でものすごく驚いた表情で「どうしたのー」という感じでよってきて2人で会話していた。最後はかわいく私に会釈してチャオといって、去って行った。
ドライブは正味30分ぐらいだったと思う。あれこれ彼のことを聞いたり、今までの旅の話や、ちょっと政治の話、アルゼンチンとチリの違いの話、これからの予定など、いろいろな話を3人で楽しんだ。「一昨日はこの家に泊まったんだ」と彼の指さした「家」とは、どんな昔に人が住んでいたかは知らないが、見るからに住む場所ではない小さな暗く汚い空き家のことだった。「暗くって静かで、横から川が流れててね、すごくいいんだ。フリーハウス」と陽気に話す。
彼はモロッコにも旅をしたことがあるそうで、ダーリンとの会話に花を咲かせていた。気を使ってか、日本とチリの間にワーキングホリデーのシステムがあるそうで、それを使っておとずれるチャンスもある、と付け足してくれた。
日本にも、バックパッカーでヒッチハイクをして世界を旅する若者がいるとは思うが、ほかの国ではもっと珍しいことではないのだろう。しかしダーリンがOKをした後すぐに私の頭をよぎったのは、もし後ろ席から乱暴や刃物で何かしてきたらどうしよう、ということだった。ダーリンが彼にOKした理由には、英語が外国語なまりで(フランス語かスペイン語)純粋な旅人だと予想できたからだという。これが普通にアメリカ人だったらおそらくOKしなかったと言う。自らヨーロッパでヒッチハイクの旅を経験しているのと、他国の旅人を経験上よく知っているダーリンならではの判断。ダーリンの直観を信じて正解だった。
このチリの若者と一緒に1か月間旅をしたというフランス人の女の子も、普通にかわいい若い女性だった。まったく、どんな(内面的に)リッチな人生を送ることだろう。
登山用にと用意したナッツやドライフルーツのミックスを彼にあげ、ヒッチハイクで次の目的地に行けるようにハイウェイ先で彼を下ろす。ダーリンは握手。私も握手、と思ったのだが、彼のカルチャーで右頬どうしの軽いキスのあいさつを強いられた。わかってはいたが、やっぱりちょっと避けたい気持ちがどうしても出てしまい、ぎこちない感じになったしまった。9月にはモントリオールに戻り、自国へのフライトで帰るという。いい旅を続けていることだろう。